作家のアトリエのようなワインづくり
日本ワインは年々注目を集めていますし、いろいろなワインを試飲しました。
ただ、日本で「買いぶどう」という言葉があるように、契約栽培してもらった葡萄をワインにする、ということが多いようです。山梨や山形など主要な産地から葡萄を買って生産するワイナリーは多いです。ワイナリーの品質管理や使用する酵母の種類、熟成する樽などがワインの品質や味わいの違いになってきます。
イタリアでもカンティーナ・ソチャーレという組合の経営するワイナリーに葡萄を売る農家が多いです。
100キロで20ユーロくらいらしく、かなり格安なので、品質は劣っても、大量に収穫することを考えて栽培する人が多いです。1本数百円のワインはそうした背景があってできるのです。
中には有名な高級ワインを作るワイナリーに葡萄を売る農家がいて、少しだけ自社ぶどうでこだわりのものづくりをする、という生産者もいました。自社でもワインを1000本程度作っているというワインですが、値段は有名ワイナリーの半分(100ユーロほど)、味わってみるとクオリティは本当に高いものでした。
私にとっては、ドメーヌ型の日本のワイナリーが考えていることと同じで、ぶどうの栽培がすでにワインづくりの一部です。
私にとっては、小さい陶芸工房、作家のアトリエのような感覚が、一番しっくりきます。
多くのワイナリーは「工場」です。大変な仕事ですが、私にはできないでしょう。
私の目指すワインはそこにはないからです。
品種について
メルローや、カベルネ・ソービニヨン、ピノ・ノワールといった国際品種にこだわるつもりも、山葡萄にこだわるつもりもありません。全ては生まれるワインの味わいからの逆算で考えています。
うちの畑で育つなら、なんでもとは言いませんが、品種にはこだわりません。その品種の特徴を十分に理解した上で、栽培方法や収穫時期を決めます。
山葡萄系の一才ヤマブドウ、ヤマ・ソービニヨン、小公子でも、日本で比較的に栽培しやすいと言われるメルローやソービニヨン・ブラン、最近注目の雨に強いと言われるアルバリーニョや、皮が厚く病気に強いとされるプティ・マンサンでもいいと思います。
ただし、日本で、この土地で必要以上に化学の力に頼らなくても、自然の力で育つ品種であること。その土地ならではの味わいが生まれること。
日本は湿度が高く、雨が多く、虫や病気も多い難しい国です。黄金虫は葉っぱを食べ尽くしてしまいます。ブドウは乾燥には強いものの、雨には弱いので、梅雨の時期はべと病が来ます。秋は晩腐病があります。だからこそ、品種や栽培方法はよく見極めなければいけません。
病気がきて、実が割れて、腐敗した粒が増えると、酢酸発酵菌などワインの味を損なわせる微生物が増えてしまい、発酵に大問題が発生します。
また、日本は雨が多く、葡萄の味わいも薄くなりがちと言われます。薄いけれど、「日本独特の旨味がある」、と評価するワイナリーも何件かあるようです。
それはとても興味深いことだと思います。繊細な味を捉える日本人の優れた味覚があって成り立つことだと思いますが、それがもし、日本人の通や一部の食通にだけわかってもらえるワインというものに止まるのであれば、カルトワインの域を出ない、それが地域の食文化となっていき、日本の産地を形作るまでには至らない、と感じています。
イタリア人の味覚は日本人より劣っているかというとそうではなく、より優れていると感じることも多く、彼らに「新しい」、「面白い」、「違いがはっきりしている」と言われた上で「美味しい」「気に入った」と言われるようなものを作る必要は感じています。
日本の風土にあった味わいを生み出す品種、かつ病気に強い品種を見極め、日本ならではのワインを作るのは大きな課題です。それには、100年も200年もかかるかもしれません。ただ一つ言えることは、「小さな農夫」一人ひとりの経験の積み上げがその土台にあるということです。
酵母について
ぶどうを安定的に発酵させてワインを作るには、無数にある酵母の中から特に優れたものを選抜した乾燥酵母を使うことがほとんどです。
一般的には、業者が輸入する乾燥酵母を使用してワインが作られます。糖分をアルコールと二酸化炭素に分解する酵母の代謝のおかげで、ぶどうがワインになります。酵母には他の微生物に比べてアルコール耐性や亜硫酸耐性があるので、ワインのなかで生存できる数少ない微生物ということになります。
日本では海外から輸入されるので、入手できるものに限りがありますが、海外では産官学が連携して、研究開発を行い、数多くの酵母が販売されています。どう言ったワインを作りたいかで酵母の種類に関するアドバイスをもらうことができます。
野生酵母を使うときは、ぶどうの皮に付着する色々な微生物が発酵に関わり、味わいが複雑になると言われますが、最終的にはアルコールに耐えられず、酵母以外は死滅していきます。
しかし、ワイン酵母ではなく酢酸発酵菌が増殖してしまうと、ワインではなく、アルコールがさらに発酵して、酢になってしまいます。なので、収穫する時点で、赤く酸っぱい匂いのする葡萄の粒はある程度取り除くのが一般的です。病気になるとこうした腐敗果が増えるのが、雨の多い日本でのブドウ作りの難しさです。
こうした問題のあるワインになるのを避けるため、増えてほしい酵母だけを選抜しておいて、発酵初期に添加し、意図的に優勢にしてしまうのが乾燥酵母ということになります。
単に「野生酵母を使っています」とは言えず、いろいろな仕事が要求されます。そうでなければ、来年のワインが良いものになるのか、誰にもわからず、運任せのワインづくりということになります。
その土地独自のワインを作るには、野生酵母がベストだとは言えますが、品種選び、畑の管理、収穫時期、発酵や熟成の期間、色々な要素があってワインは成り立つので、それを選び取る生産者の考えや思想というのも自然条件と同じくらい重要です。